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Backstory 2026.07.15 公開

AIの進化がもたらす「攻撃と防御」の変化【前編】~AIは意思決定の時間感覚を変える

2022年11月30日にChatGPTが公開されてから、約3年半が経った。当初、多くの人にとってAIは、文章を書き、要約し、相談に乗ってくれる便利な「文房具」のような存在だった。ところが現在、AIは自律的に作業を進めるエージェントへと進化し、サイバーセキュリティの文脈では、攻撃と防御のあり方を大きく変えつつある。

目まぐるしい技術の進化と、それをめぐる環境の変化のなか、企業経営に求められることは何か。ガバナンスとセキュリティ基盤整備の観点から考える。

便利な相談相手から、仕事を進める存在へ

2022年11月30日、オープンAIはChatGPTを研究プレビューとして公開した。多くの人にとって、この日が生成AIとの本格的な出合いだった。

当時の驚きは、まず「自然な会話」にあった。質問すれば答えてくれる。文章を書いてくれる。要約してくれる。考えを整理してくれる。生成AIは、難しい専門技術というより、誰でも触れる便利な相談相手として広がった。

しかし、そこからの変化は速かった。

2023年9月には、ChatGPTに音声と画像を扱う機能が加わり、AIは文字だけでなく、見たり聞いたりしながら応答する方向へ進んだ。2024年2月には、オープンAIがテキストから動画を生成するSoraを発表し、生成AIは画像、音声、動画へと対象を広げていった。

さらに、AIは日常業務で使うオフィスソフトにも入り込んだ。Microsoft 365 Copilotは、2023年11月に企業向けに一般提供が始まり、Word、Excel、PowerPoint、Outlook、Teamsといった仕事の道具の中にAIが組み込まれた。AIは特別な道具ではなく、文房具のような存在になっていった。

次に来たのは、自律化である。2025年1月、オープンAIはOperatorを研究プレビューとして公開した。これは、AIが自分のブラウザを使い、Web上の画面を見て、入力し、クリックし、スクロールしながら作業を進めるエージェントである。当のオープンAIも、Operatorを「ユーザーがタスクを与えると、それを実行するAI」と説明している。

AIエージェントとは、質問に答えるだけでなく、一定の目的に向かって複数の作業を進めるAIのことである。情報を調べ、手順を考え、必要に応じてコードを書き、実行し、結果を見て修正する。ある面では、AIがデジタル上で、許可された範囲で動く手足を得たと考えればよい。

これは、AIの役割が変わったことを意味する。AIは、聞かれたことに答える存在から、調べ、考え、手順を組み、作業を進める存在へ変わった。文房具から担当者へ近づいたのである。

さらに現在は、複数のAIエージェントが連携する段階も見え始めている。リサーチ担当、文章担当、プログラム担当、確認担当といったAIが協調し、一つのプロジェクトを進める。人間が目標を与え、AIが必要な作業を分解し、進行を補助する世界が現実味を帯びてきた。

ここで重要なのは、AIの進化を「性能が上がった」とだけ見ないことである。変わったのは性能だけではない。役割である。AIは、業務を補助する道具から、業務を構成する一部になりつつある。

防衛省サイバーコンテストが示した転換点

AIの質的な変化を象徴する出来事の一つが、2026年2月に開催された防衛省サイバーコンテストで起きた。

防衛省は、サイバー人材の発掘を目的に、CTF形式のコンテストを開催している。CTFとは「Capture The Flag」の略で、サイバーセキュリティの知識や技術を使い、与えられた課題を解いていく競技である。2026年大会は2月1日にオンラインで実施され、Jeopardy形式、つまりジャンル別のクイズ形式CTFとして行われた。従来の個人戦に加えて、2〜3名の団体戦も開催された。

この大会について、優勝チームはCTF専用に構築したAIエージェントを投入し、Flag提出までを完全自動化した結果、優勝したと説明されている。詳細な実装は公開されていないが、少なくとも競技の世界では、AIエージェントが単なる補助役の域を超え、問題解決から正解提出までの流れに組み込まれたことになる。

これは競技の話である。だが、企業経営の視点では、単なるコンテストとして片づけるべきではない。競技の場で試された自動化や高速化は、いずれ現実の攻撃や防御の現場にも取り込まれていくからである。

コンテストにはルールがある。範囲も決まっている。しかし現実の攻撃者には、企業側が期待するような制限はない。使えるものは使う。成功率が上がり、時間が短縮でき、コストが下がるなら、AIエージェントも当然使う。

この出来事が示しているのは、攻撃の働き方そのものの変化である。人間がすべての手順を一つずつ実行するのではなく、AIが調べ、試し、判断し、実行する。人間は、その結果を見て指示し、必要に応じて修正する。攻撃は、人間の手作業から、AIを組み込んだ作戦へ変わっていく。

企業がAIを「業務効率化の道具」として見ているあいだに、攻撃側はAIを「実行部隊」として使い始めている。ここに、これからのサイバーセキュリティの大きな非対称性がある。

専門家の作業を、AIが圧縮する

AIが変えるのは、攻撃側だけではない。守る側の仕事も変わる。

私が聞いた、ある経験豊富なセキュリティ実務家の言葉がある。その人は、フォレンジック調査について、「これまで自分が数時間かけていた調査が、AIに頼めば30分ほどで一定の形になることがある」と語っていた。

フォレンジック調査とは、サイバー攻撃やシステム事故のあとに、何が起きたのか、どこから侵入されたのか、何が影響を受けたのかを調べる作業である。大量のログ、ファイル、通信記録、時系列情報を確認し、仮説を立て、矛盾をつぶしながら、全体像を明らかにしていく。

この作業は、経験と勘所がものを言う。だからこそ、AIが80点の下調べを短時間で出せるようになる意味は大きい。専門家が不要になるという単純な話ではない。専門家の価値が変わるという話である。

AIが調査を速くする時代には、人間の役割は、AIが出した結果を評価し、誤りを見抜き、対応の優先順位を決め、経営層や顧客に説明することへ移っていく。さらに言えば、AIを使って調査能力そのものを高める、つまりAIを鍛えながら防御の質を上げることが重要になる。

経営者にとっても、この変化は重要である。多くの企業は、セキュリティ人材が足りないという課題を抱えている。AIを使えば、その不足を一部補える可能性がある。当然ながら、AIを使いこなすには、AIを使える人間が必要になる。

AIが調査を速くする時代に、経営者が問うべきことは「AIを入れているか」ではない。「AIを使って、事故対応の速度と質をどう変えるのか」である。

防御のデジタル格差が広がる

2025年5月、英国の国家サイバーセキュリティセンター(NCSC)は、2027年までにAIがサイバー脅威に与える影響について報告書を発行した。

その警告は、まったく新しい攻撃手法が突然生まれるというものではない。中心にあるのは、既存の攻撃の強化である。NCSCは、AIがサイバー侵入の各工程をより効果的かつ効率的にし、脅威の頻度と強度を高めると評価している。偵察、脆弱性調査、攻撃コードの開発、ソーシャルエンジニアリングソーシャルエンジニアリング:システムの技術的な脆弱性ではなく、人の心理や行動の隙を巧みに突いて、機密情報やアクセス権限を盗み出す攻撃の総称。詳しく見る →、情報の整理といった既存の手法が、AIによって速く、大量に、巧妙になるのである。

ここで注目すべきは、防御側にも格差が生まれるという点である。NCSCは、AIを活用した脅威に追随できるシステムと、そうでない多くのシステムとの間に、デジタル格差が生まれると見ている。

攻撃者はAIを使い、だましの文面を自然にし、弱点を探し、試行回数を増やす。守る側もAIを使えば、異常検知、ログ分析、対応案の整理を速くできる。しかし、すべての企業が同じようにAIを使えるわけではない。

これは、技術格差であると同時に、経営判断の格差でもある。AI時代のセキュリティを、専門部署だけの課題として見ている企業は対応が遅れる。経営者が「自社はAIをどう守りに使うのか」を問い始めなければならない。

AI主導のスパイ活動は現実になった

NCSCの報告書を読めば、「完全自動の高度攻撃は、まだ少し先」と受け止めることもできたかもしれない。実際、NCSCは2027年までに完全自動化された高度なエンドツーエンド攻撃が実現する可能性は低く、熟練した攻撃者は引き続き関与すると評価していた。

しかし、その余裕は長く続かなかった。

2025年11月、アンソロピックは、AIを活用したサイバースパイ活動を阻止したとする報告を公開した。対象となったのは、同年9月中旬に検知された、中国国家支援グループと評価されるサイバー攻撃である。大手テクノロジー企業、金融機関、化学製造企業、政府機関など、約30の標的に対して侵入が試みられ、一部では侵害に成功したとされる。

注目すべきは、攻撃キャンペーンの80〜90%をAIが実行したとされる点である。偵察、弱点の探索、悪用コードの作成、認証情報の取得、横展開、データ抽出、攻撃内容の文書化まで、攻撃の多くの工程をAIが担った。人間の介入は、各キャンペーンで4〜6回程度の重要判断に限られたという。

もちろん、これを「人間が不要になった」と読むのは早い。アンソロピック自身も、Claudeが時に誤った情報を出すなど、完全自律攻撃にはなお障害があると説明している。しかし、企業が想定すべき攻撃者像は明らかに変わり始めている。

AIは、攻撃の補助者であり、作業員であり、場合によっては現場監督に近づいている。

意思決定の速度そのものが変わる

AIの進化が変えるのは、作業効率だけではない。意思決定の速度そのものも変わる。

2026年2月末から3月にかけての米・イスラエルによるイラン攻撃をめぐって、一部の分析や報道では、標的の捕捉から戦果判定までのキルチェーンがわずか11分23秒で完了したとされる。これは米軍公式発表として確認できるものではなく、Al Habtoor Research Centreなどの分析や、それを紹介した報道・解説記事に基づく記述である。そのため、この数字だけを独り歩きさせるべきではない。だが、ここから考えるべき論点は明確である。

AIは、情報処理だけでなく、判断の速度を変えている。

軍事の世界では、判断の遅れが結果を左右する。サイバー攻撃の世界でも同じである。攻撃者がAIを使って数分、数時間単位で攻撃を進めるなら、企業が週次会議や月次報告だけで対応するのは難しい。

経営者にとっての教訓は、AIが攻撃を高度化するという点だけではない。AIが時間感覚を変えるという点である。攻撃と防御の速度が変わった以上、企業の意思決定速度も見直さなければならない。

次に問うべきは、その変化がどこで最も速く進むのかである。歴史を振り返れば、答えは見えてくる。新しい技術の先行者は、いつも正規のビジネスだけではなかった。犯罪と軍事が、しばしば先を走ってきたのである。

(後編へ続く)

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