コラム

Driving Insights

Perspectives 2026.07.15 公開

AI時代の経営に残るのは、スタイルと覚悟である

AIの活用は、もはや「使うか、様子を見るか」を検討する段階ではなくなりつつある。多くの企業にとって、AIはこれからの業務と経営の前提条件になり始めている。

一方で、AIを単なる効率化の道具として捉えると、企業は別のリスクを抱える。攻撃者もまたAIを使い、業務も防御も変化していくからである。AI時代の経営とセキュリティを、業務再設計、守りのAI化、AIエージェントの統制、そして人と組織に残る価値という観点から考える。

AIは、もはや便利な道具ではなく経営の前提になりつつある

AIの話になると、いまだに「使うべきか、もう少し様子を見るべきか」という反応がある。気持ちは分かる。新しい技術には不確実性があり、導入すればよいというものでもない。だが、少なくとも企業経営の観点では、AIはすでに便利な道具かどうかだけを論じる対象ではなくなりつつある。

AIは、仕事の進め方そのものを変える前提条件である。資料を調べる、文章をまとめる、選択肢を比較する、議論のたたき台を作る、業務手順を分解する。これまで人が時間をかけていた多くの作業は、AIによってより速く、より安く、一定の品質で処理できるようになっている。

もちろん、すべての仕事がAIに置き換わるわけではない。現場で身体を動かし、人と向き合い、その場の状況に応じて価値を生み出す仕事は引き続き重要である。エッセンシャルワーカーとして現場の価値を担う人も、AIとともに仕事を再設計する人も、どちらも社会に必要である。

しかし、企画、管理、分析、判断、設計に関わる人が「AIは怖いので使わない」と距離を置いて済む時代ではない。経営者にとって問うべきことは、「AIを使うかどうか」ではない。「AIを前提に、どの業務を作り直すか」である。

ここで発想を一段変える必要がある。AIで自分の仕事がなくなると恐れる人は多い。だが本来、仕事とは、自分がやっている作業をより良い方法に置き換えていく営みでもある。改善、自動化、標準化、委譲、仕組み化。これらはAI以前から、経営と現場が繰り返してきたことである。

AIが変えたのは、その速度と範囲である。だから恐れるべきは、AIによって仕事がなくなることそのものではない。自分たちで変えにいかなかった仕事が、他社や他人のAIによって置き換えられることである。

自分の仕事を守ろうとする組織は、その仕事ごと古くなる。自分の仕事を自ら無くしにいくからこそ、次の仕事をつくることができる。これは冷たい話ではない。むしろ、変化の主導権を自分たちの手に残すための、前向きな自己破壊である。

業務効率化だけでAIを語ると、守りが遅れる

AI活用を業務効率化だけで語ると、重要な視点が抜け落ちる。それは、攻撃者もまたAIを使うという点である。

企業側は、AI利用ルールを検討し、社内稟議を回し、ツールを比較し、利用範囲を調整している。その間にも、攻撃者はAIを使っている。メールの文面を自然に整える。相手に合わせた偽メールを作る。偽サイトを量産する。脆弱性、つまりシステム上の弱点を探す作業を効率化する。認証突破の試行を高速化する。攻撃の各工程を、人間とAIの組み合わせでより速く、より巧妙にしている。

英国の国家サイバーセキュリティセンター(NCSC)は、2025年5月時点で、AIがサイバー侵入の各工程をより効果的・効率的にし、サイバー脅威の頻度と強度を高めると見ていた。一方で、少なくとも2027年までに高度なサイバー攻撃が完全に自動化される可能性は低く、熟練した攻撃者は引き続き関与すると評価していた。

しかし、その後の事例を見ると、攻撃の自律化はかなり現実味を増している。アメリカのアンソロピックは2025年11月、エージェント型のAIコーディング支援ツール「Claude Code」がサイバー諜報活動の80〜90%を担い、人間の介入は各諜報活動で数回の重要判断に限られたとする事例を公表した。さらにアメリカのシスディグは2026年7月、LLM(大規模言語モデル)により偵察、認証情報の探索、横展開、暗号化、身代金要求までをつなぐエージェント型ランサムウェア事案を初めて記録したとし、「JADEPUFFER(ジェイド・パファー)」と名付けた

もちろん、これを「人間がまったく不要になった」と読むのは早い。JADEPUFFERについても、人間が標的を選び、攻撃インフラを用意し、事前に入手した認証情報を使っていた可能性が指摘されている。つまり現時点では、完全自動の攻撃者が勝手に世界を荒らし回っているというより、人間が目的と環境を与え、AIエージェントが攻撃の多くの実行工程を自律的に担い始めた、と捉えるのが正確だろう。

それでも、変化は十分に大きい。問題は「AIが勝手にすべて攻撃するかどうか」ではない。人間の攻撃者がAIを使い、これまで熟練者が手作業でつないでいた工程を、自律的または半自律的に実行できるようになりつつあることが問題なのである。

攻撃者は、企業のガイドライン策定を待ってはくれない。守る側が慎重に検討している間に、攻める側は試し、変え、学び、また試す。もちろん攻撃者にも発覚やコストの制約はある。しかし、守る側に比べれば、失敗から学びながら高速に試行錯誤しやすい。AIエージェントがその試行錯誤を肩代わりし始めたことに、AI時代のセキュリティの難しさがある。

本来であれば、AI活用は事業部門だけでなく、セキュリティ部門でも先に進んでいなければならない。むしろ、守る側こそAIを使いこなす必要がある。ログと呼ばれるさまざまな活動記録や通信記録を確認する。相手の偵察行動などの怪しい動きを早く見つける。大量の通知の中から重要なものを選ぶ。過去の事故情報を調べ、社内の状況に照らして優先順位をつける。こうした仕事は、人だけで抱え込むには重くなりすぎている。

ところが現実には、営業や企画が先にAIを使い始め、守る側は慎重に検討している、という会社も少なくない。これは危うい。消防隊が、火が見えてからホースの使い方を学び始めるようなものだ。

ただし、ここで雑にAIを入れればよいという話でもない。セキュリティ部門がAIを使うなら、何をAIに任せ、何を人が判断し、どこで止めるかを決めておく必要がある。

AI化は、防御を強くする可能性がある一方で、間違った判断を速く広げるリスクも持つ。しかも、AIに頼りすぎれば、人間のリスク感度や防御のための経験値が育ちにくくなる可能性もある。だからこそ、AI活用は「便利だから導入する」ではなく、「どう使い、どう察知し、どこで止め、どう人が責任を持つか」まで含めて設計しなければならない。

AIエージェント時代に必要なのは、止め方の設計である

これから企業では、AIエージェントの利用が広がっていく。AIエージェントとは、単に質問に答えるだけでなく、指示に応じて複数の作業を進めたり、他のシステムと連携したりするAIのことである。たとえば、情報を集め、資料を作り、メール文案を用意し、社内システムに入力するような使い方が考えられる。

この仕組みは便利である。人が手順を一つずつ進めなくても、AIが作業をつないでくれる。業務の速度は上がり、定型作業は減る。人はより重要な判断に集中できる。

しかし、便利さが増すほど、壊れたときの影響も大きくなる。AIエージェントが誤った判断をしたらどうするのか。間違った情報をもとに処理を進めたらどうするのか。通常とは違う動きをしたとき、誰が気づき、どこで止めるのか。止めた後、業務をどう回すのか。いかにして、正常な状態へ戻すのか。

AIエージェントは、単なるチャット相手ではない。外部ツールや社内システムと接続し、ファイルを読み、データを書き換え、メールを作り、場合によっては実行まで進める。だからこそ、従来のAI利用よりも、権限、連携先、ログ、停止条件の設計が重要になる。

経営の言葉に置き換えると、これはAIガバナンスの問題である。AIガバナンスとは、AIを安全に、適切に、責任を持って使うための考え方や仕組みである。単に禁止事項を並べることではない。何を任せ、何を任せないか。どの判断は人が握り続けるか。異常が起きたとき、誰が止める権限を持つか。どこに記録を残すか。こうしたことを、業務の設計として決めておくことである。

ゼロトラストゼロトラスト:「何も信頼せず、常に検証する」を前提とするセキュリティの考え方。詳しく見る →の考え方にも通じる。ゼロトラストは、社内だから、所有端末だから、いつものユーザーだからといって暗黙に信用せず、ユーザー、資産、リソースに対して必要な確認と権限管理を行う考え方である。AIエージェントにも同じ発想が必要になる。AIだから任せるのではない。AIに任せるからこそ、どの権限で、どの範囲まで、どの条件で動かすのかを決める必要がある。

特に重要なのは、「止め方」である。企業は新しいシステムを入れるとき、導入計画には熱心である。いつ入れるか、誰が使うか、どれくらい効率化できるか。ここには多くの時間を使う。しかし、止め方や戻し方は後回しになりやすい。

AIエージェントを業務に組み込むなら、BCP、つまり事業継続計画の中にもAIを入れる必要がある。AIが使えないとき、業務はどう続けるのか。AIの判断に疑いが出たとき、人はどこまで手作業に戻れるのか。AIが連携するシステムを切り離したとき、顧客対応や受発注は継続できるのか。

ブレーキのない車で高速道路に乗るようなAI活用は危険である。スピードが出るほど、事故の衝撃も大きくなる。AI時代の経営に必要なのは、速く走ることだけではない。いつでも停まれるように走ることだ。停まる能力こそが、どれだけ速く走ってよいかを決める。その設計が重要である。

知識とスキルの先に、人間の価値はどこに残るのか

AI時代に、人間には何が残るのか。この問いは、多くの人にとって切実である。

私は、知識処理の多くはAIに移り、定型化・手順化できるスキルの一部はAIエージェントに移っていくと考えている。調べる、まとめる、比較する、説明する。こうした知識処理は、すでにAIがかなり得意である。定型化できる手順、分解できる判断、複数のシステムをつなぐ作業も、今後はAIエージェントが担う領域になっていく。

では、人間には何が残るのか。残るのは、スタイルと覚悟である。

スタイルとは、単なる個性ではない。何を良い仕事とするか、何を守るか、何を雑に扱わないかという価値観である。顧客に対してどこまで正直であるか。速さと正確さのどちらを優先するか。リスクが見えたときに、誰にどう伝えるか。こうした判断の積み重ねが、その会社やその人のスタイルになる。

覚悟とは、火事場、修羅場、土壇場で引き受ける力である。統制力・責任力でもある。情報が足りない。時間がない。利害がぶつかる。正解が見えない。そうした場面で、何を捨て、何を守るかを決める力である。

私は、これを「サンバにロック」と表現している。サンバとは、火事場、修羅場、土壇場という三つの場。ロックとは、その三場で人と組織を支える固い意志と軸である。陽気に聞こえるが、中身はなかなか骨太である。踊っている場合ではないのに、踊り切らなければならない場面が、経営にはある。

これは、セキュリティ部門だけの話ではない。経営、営業、開発、採用、新規事業、AI導入のすべてに関わる。平時は知識で回る。手順で回る。AIもよく働く。しかし本当に人と組織の値打ちが出るのは、平時ではなく、三場の有事である。情報が揃わない中で、誰が決めるのか。批判を受ける可能性がある中で、誰が説明するのか。短期的な損失が見えていても、何を守るのか。

そこでは、知識量よりも軸が重要だ。スタイルなきAI活用は、高速な迷走である。覚悟なきDXは、見栄えのよい空回りである。便利になった分だけ、転ぶ速度も上がる。だからこそ、サンバを踊り切るロックが必要になる。

経営者が問うべきことは、AIで何を置き換えるかではない

AI時代の経営は、AIをどう使うかだけでは足りない。AIを使って自分たちの仕事をどう壊し、どう作り直すか。AIを使って守りをどう強くするか。AIを入れた業務が壊れたとき、どう止め、どう弱め、どう戻すか。そう考えて初めて、経営課題としてのAI活用になる。

便利だから使う、では弱い。危ないから止める、では遅い。必要なのは、使いこなし、壊れたら止める、止めても戻せる会社をつくることである。

経営者が明日から社内で確認すべき問いは、難しいものではない。自社のどの仕事は、AIによって自ら無くしにいけるのか。セキュリティ部門は、攻撃者のAI化に対抗できるだけのAI活用を始めているのか。AIエージェントを止める基準と、止めた後の業務運用は決まっているのか。そして、火事場、修羅場、土壇場で、自社は何を守る会社なのか。

AIを恐れる必要はない。しかし、AIを甘く見てもいけない。これから価値を持つのは、知っているだけの人でも、作業が速いだけの人でもない。自分の仕事を自分で無くしにいける人であり、三場で軸を失わない人であり、サンバをロックで踊り切れる人である。

AI時代に必要なのは、頭の良さだけではない。スタイルであり、覚悟である。そして少々の火の粉では顔色を変えない、腹の据わった経営である。

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