コラム

Driving Insights

Perspectives 2026.07.15 公開

実力=(地力+AI力)×統制力 ── AIを使わせない組織から、優秀な人が消える理由

2026年6月、チェンジホールディングスは企業のAI活用と人材の定着に関する調査で、「所属企業のAI活用が遅れる場合に離職を考える」と答えた部長級が約6割に上ると公表した。同じ月、ガートナージャパンは国内企業の約7割が、従業員の許可されていないAIの使用(シャドーAI)を管理できていないとの調査を報告している。片や「使わせない会社から人が抜ける」、片や「使わせているのに誰も統制していない」。相反する2つの事実は、AI時代において「個人の実力」と「組織の実力」の定義が根本から書き換えられつつあることを示している。

実力の方程式が書き換わった──「借力」の対象がAIに広がった意味

かつて、ビジネスパーソンの実力は「地力(自分自身のスキル)」に「借力(人の力を借りる力)」を加え、それを「統制力・責任力」で束ねたものだった、と私は捉えている。地力だけで勝負できる領域は限られる。目標が明確で、人柄が信頼でき、鈍と純を併せ持つ人物のもとには、自然と人が集まり、力を貸してくれる。そのうえで、集まった力を統率し、最後の責任を引き受ける胆力があってはじめて、成果は組織のものになる。

ここ数年で、この方程式に大きな変数が加わった。AIである。しかも単なる道具としてではなく、「借力の対象」として加わった点が本質的だ。マッキンゼーの2025年AI現況調査では、少なくとも1つの業務機能で生成AIを利用している組織はすでに世界で78%を超え、1年前の55%から急伸している。日本国内でも、総務省『令和7年版 情報通信白書』によれば、業務で生成AIを利用している企業の割合は55.2%に達した。ChatGPT登場からわずか数年で、AIは「使ってみるもの」から「使うのが前提のもの」へと位置を変えている。

この変化を、私は個人のAI活用の3段階として整理している。Level 1は、地力の一部をAIに置き換えて速度と生産性を上げる段階。Level 2は、AIエージェントを部下のように使いこなし、自分の作業能力そのものを底上げする段階。そしてLevel 3は、自律的に動くAIエージェント群を組み合わせて、個人では持ちえなかった行動力を手に入れる段階だ。実際、経産省・総務省の『AI事業者ガイドライン(第1.2版)』でも、2025年度改定でAIエージェント・フィジカルAIに関する記述が追記されており、自律型AIを前提とした企業実務への移行が公式にも意識され始めている。

図1:AI活用の実力進化 3段階モデル(Level 1 生産性向上 → Level 2 実力拡張→ Level 3 組織化)
図1:AI活用の実力進化 3段階モデル(Level 1 生産性向上 → Level 2 実力拡張→ Level 3 組織化)

AIを借りる時代に必要となる「地力」と「統制力」は、質が変わった

では、AIの力を借りることが当たり前になった時代に、地力と統制力・責任力にはどのような変化が求められるのか。

第一に、地力の中身が変わる。作業スピードや知識量そのものは、もはや差別化要因になりにくい。代わりに問われるのは、AIの出力を「これは筋がよい」「これは怪しい」と判断できる目利き力である。生成AIが事実と異なる情報を自然な文体で出力する現象──いわゆるハルシネーションは、経営判断に紛れ込めば直接損害につながる。存在しない統計を引用した企画書や、実在しない判例を挙げた法務メモが実際に問題化した事例も報告されている。

ここに加えて、認知の側にも懸念がある。マイクロソフトとカーネギーメロン大学の共同研究(2025年)は、AIへの信頼度が高いほど利用者の批判的思考の頻度が下がり、思考の外部委託(cognitive offloading)が進む傾向を示した。AIに任せるほど、任せた結果を吟味する自分の力が弱っていく、という逆説である。だからこそ、AI時代の地力とは「AIより速く手を動かせる力」ではなく、「AIの出力を疑い、問い直し、自分の判断として引き受ける力」に近づく。

第二に、統制力・責任力の対象範囲が広がる。人に仕事を任せていた時代、統制すべきは主に「人の行動」だった。AIを借りる時代には、これに「AIの使い方」「AIに渡す情報の範囲」「AIの出力の扱い」が加わる。

統制力とは、平たく言えば「大丈夫と言い切れる力」である。何かあったときに事情を説明し、原因を突き止め、再発を防げる状態を作り、最後に責任を引き受ける。この一連の営みは、そのままセキュリティマネジメントそのものだ。AI時代の統制力は、セキュリティ能力と分かちがたく結びついている。

見落とされやすい落とし穴──「借りられなかった人」がAIに触れたとき

一方で、期待だけを語るのは危うい。これまで人の力を借りるのが苦手だった人ほど、AIを「文句を言わず従ってくれる部下」として過剰に頼る傾向がある。ここに3つの落とし穴がある。

一つ目は、検証を飛ばす癖がつくことだ。人に頼めば「本当にこれで大丈夫か」と一度は問い返される。AIは問い返さない。もっともらしい答えを、疲れも見せずに返してくる。目利き力が育たないまま出力を鵜呑みにするサイクルが定着すれば、ハルシネーションはそのまま経営判断のミスに直結する。

二つ目は、「シャドーAI」である。シャドーとは、会社が明確な方針を出さないまま、従業員が個人アカウントでAIに業務情報を入力している状態を指す。ガートナージャパンの2026年6月発表では、このシャドーAIを有効に管理できていない国内企業が73%に上った。ルールを整えないまま「使わないでほしい」とだけ伝える組織では、実際にはこっそり使われる。禁止は統制ではなく、統制の放棄に近い。

三つ目は、責任の所在があいまいになることだ。AIが出した文章をそのまま顧客に送って誤情報を伝えてしまったとき、悪いのはAIか、使った担当者か、使わせた上長か、ルールを整備しなかった経営者か。この問いに即答できない組織は、いつ事故が起きてもおかしくない状態であると言えよう。

AIを使わせない組織から、優秀な人が抜ける

そしていま、静かだが決定的な変化が起きている。「AIを使える環境かどうか」が、人材が組織を選ぶ基準になり始めた。2026年6月のチェンジホールディングスの調査では、企業の部長級の約6割が「所属企業のAI活用が遅れる場合、離職を考える理由になる」と答えたとしている。この調査は年収帯によって差が見られ、管理職ほど、AIの有無が自分の実力発揮に直結することを実感している、と読める。一方で、BlackBerry Japanの調査では、日本企業の72%が職場での生成AI利用を禁止する方針であると報じられている。市場と組織の温度差は、想像以上に大きい。

「使わせない組織」は、二重の意味で不利になる。まず、優秀な人ほど自分の実力を発揮できるように個人環境(シャドーAI)でAIを使用するか、AIを活用して実力を発揮できる場所へ移る。個人の実力が発揮できるかどうかという観点では、インターネットが使えるか否か、スマホが使えるか否かよりもはるかに直結していると推測される。つまりは結果を出したい個人や組織にとって、AIが活用できるかどうかは切実な問題なのである。

次に、AIを使わないから、当然のこととしてAIガバナンスもガードレールも社内に蓄積されない。人が抜け、知見も溜まらず、いざ使わざるを得なくなったときには裸で市場に出ることになる。この差は、そのまま数年後の採用競争力と信頼性の差になって現れる可能性が高い。総務省の白書では、生成AI活用方針を定めている企業は大企業で約56%、中小企業では約34%にとどまっている。

「使わないと危険」という新しい常識

以上を踏まえると、AI時代の実力は次のように書ける。

実力 = (地力 + AI力) × 統制力・責任力

図2:AI時代の実力の方程式 ── 統制力・責任力という係数
図2:AI時代の実力の方程式 ── 統制力・責任力という係数

地力とAI力(借力)は足し算で伸ばせる。しかし、そこに統制力・責任力という係数が掛からなければ、伸びた分だけリスクも増える。掛け算の項がゼロなら、いくら足し算を積み上げても結果はゼロだ。逆に統制力・責任力を高められれば、地力とAI力の伸びがそのまま組織の実力に変わる。

かつてAIは「使うと危険」だった。だからルールで縛った。しかしいまは、「使わないと危険」な段階に入りつつある。使わなければ生産性で負け、人材が抜け、AIガバナンスの知見が社内に育たず、社会からの信頼も得られない。事業継続の観点から見ても、赤信号が灯り始める。

もっとも、「使え」と号令をかけるだけでは統制にならない。経営者に求められるのは、次の3つを同時に進めることだ。第一に、社内でAI活用のレベル(Level 1〜Level 3)を段階的に上げる道筋を描くこと。第二に、シャドーAIを生まないための最低限のガードレール──入力してよい情報の範囲つまりはAIへの問いかけ方、出力の検証方法、責任の所在──を整えること。第三に、これらを技術部門だけに任せず、経営会議の議題として継続的に扱うこと。『AI事業者ガイドライン(第1.2版)』は、そのための社内対話の共通言語として活用できる。

今週の経営会議で問うべき3つのこと

最後に、明日からでも経営陣に問うてみるべき項目を3つ列挙する。

  • 自社の従業員は、いまどのレベルでAIを使っているか。Level 0(禁止・不使用)か、Level 1(個人の生産性向上)か、Level 2(AIを部下として使いこなす)か。感覚ではなく、部署ごとに把握できているか。
  • 個人では全員がAIを使っていると考えられる時代に、シャドーAIが発生していないと言い切れるか。言い切れないなら、まずAIに「入れてよい情報」と「入れてはいけない情報」の線引きが1枚の紙にまとめられているか。
  • AI活用について「大丈夫」と社外に説明できる責任者は、社内の誰か。その人にAIの入力と出力を検証する時間と権限が与えられているか。

AIは、人の力を借りるのが上手だった経営者にとっては、追い風になる技術である。人を大切にする組織文化と、AIを統制する仕組みは、実は同じ根から生えている。「大丈夫と言える力」を組織の実力として鍛え直すこと──それが、AI時代のセキュリティ経営の出発点になる。

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